考える必要があることと考えなくて良いことを明確にしよう

昨日はめずらしく反省の話しをしました。
たぶん頻度としては月1回くらいかもですね^^;

たまに思うんですが、必要なことを考えるのは非常に良いことなんですが
考えても無駄なことを一生懸命考えている人もけっこういます。
それは時間の無駄、下手な考え休むに似たり、ってやつですよね。

たとえば「太陽が地球にぶつかってきたらどうしたら良いか」
「いきなり核戦争が起きて人類が滅びたらどうしようか」
これに似た感じの内容を真剣に考えている人が居たりします。

昔、「ノストラダムスの大予言が起きて、1999年7月に地球が実際滅亡したらどうしよう」っていう
ムーブメントがありました。実際どうもならなかったんですが、あれを真剣に考えている人も
時間の無駄だったりしたわけです。

では、考えるべきことと考えるだけムダなことの違いってなんだろう、ってことになりますかね。
上で述べましたようなアクシデント系の内容でしたら、ざっくりこんな事だと思います。

・その出来事の発生頻度
・その出来事が自分にとってどういう状態を引き起こすのか
・それは自分にとって回避可能なのか

地球が滅びる系の話であれば「もしかしたら発生するかも」「確実に死ぬ」「回避不可能」ってあたりですね。
であれば考えても、考えなくても結果として全く同じですから、何も考える必要がないことになりますね。

たとえば政治ニュースのこととかどうでしょうね。
「韓国が徴用工使用に対する賠償責任を下す判決を出した」
貿易とか、国際関係のことを生業としている人とか、株式や為替の変動なんかを
気にする人であれば、考えても良いことなんでしょうけど、
ほとんどの一般人には考えるだけムダなことですね。
自分がこれについて考えたところで、何も改善しないし、何の影響も受けない、
ただそれだけの内容です。

カンタンにいえば自分の影響力の輪の中にないことです。
影響力の輪のお話については本「七つの習慣」を読んでください。
ここ(フランクリンプランナーのサイト)やここ(7つの習慣、のサイト)にも解説があります。

結論、「七つの習慣」の第1章(主体的である)を読んで反省に生かしましょう、ってことですが
ちょっとそれだけでは寂しいので。。。

考える、っていうことは本来、たとえばこういう風に主体的な行動のはずなんですが、

自分は今75キロだけど2ヶ月で73キロにしたい。できる方法を考えよう、とか
マンモスはすごく強そうだけど、食料としても魅力的だし倒したい。どうすれば倒せるか、とか
今週は寒気の影響で朝晩がすごく寒いらしい、けど、まだ衣替えをしていない、どう対策しようか、とか

いつのまにか、自分とは関係のないところで「考える」ことが増えている人もいるかもしれないです。

たとえばインドと縁もゆかりもない人が、インドの人口増加が多くて、その圏内が豊かじゃなくなるかもとか…
あるいは中国と縁もゆかりもない人が、長江に沈んだ路線バスのニュースから、中国をすごく批判したりとか…
すみません、それっぽい理論が全然でてきませんでしたが。
多分、勉強とか知識遊びなんかの影響なんだと思います。

もちろん知的なことは非常によいことなんですが、それによって
自分とは関係のない単なる議論の勝ち負けにこだわって、全く価値のない論理展開に終始してしまう
っていう状況が、とくにテレビとかでは結構みられます。「朝まで生テレビ」とか(笑)
あれはエンターテイメントだからいいんですが、
考える=余計なことばかりを考える
っていうことだとすると、もうエネルギーの無駄遣い甚だしい。

考えるべきことを考える。
考えなくてもいいことは考えない。

コミュニケーションのためにそういうインプットが必要だ、っていうことでしたら
仕方がありませんが、
とかく、レベル0の私たちには一生いらない知識だったりします。
時間の無駄遣いがもったいない。
必要な知識は必要になったときに、習得する、あるいは専門家を雇って、聞けば良いんです。
自分に関係のないことをすべて知る必要はありません。
雑学王は事業家に向いてないってことです。

目的をもって「反省」をしましょう、ってことでした。
のんびりする時間はまた、別の時間に取れば良いんです。
反省する時間には余計なことを考えず、自分の行動を振り返って、
主体的になって、自分の行動をよくするためにどうすべきか、という方策を考えることに集中しましょう。

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