一つ一つは凡庸でも、並外れた量がまとまれば価値がでてくる場合もある

今回は、ブログやアートなコンテンツを想定して書きますね。
いま、私はこうして駄文を毎日すこしずつ書き続けています。
ただ、内容としてはごくごく平凡な、表現を悪く言えばどこかで聞いたような話ばっかり、だと思う人が居てもおかしくないです。

これまで私が本で読んだことや体験したことを少しずつ書いているわけで、
同じ本を読んでいたり似たような経験がある方が読めば、特に新鮮味もないはずです。

ただ、毎日このブログの記事を書き続けて、量が大きくなってくるとどうか、といえば
中には一つや二つくらい、新鮮な印象を受ける記事があってもおかしくないわけです。
記事が100個くらいでしたら、どれも全部どこかで見たようなことがある内容と
思うかもしれません。
ですが、10,000記事だったら、そのすべてどこかで見たことがある、というのは
逆に、なかなか難しいような気がします。

もはや、そうなると「ほとんど同じ本を読んで、同じ経験をしてきた人」、
ある意味仲間、同類なんじゃないかな、と考えてしまいますよね。

そうなると、結果的に「その人と、その同類の人の考え方などが蓄積され、集大成されたブログ」という
ことになりますから、近い考えを持つ方々から多々共感を呼ぶことになる可能性もでてきます。

“内容は平凡でも並外れた量が集まることで価値を生むことがある” 可能性が見えてきましたね。

「一人の天才が数万人の凡人に勝つ」なんて無双な世界をマンガや映画なんかでよく
見かけることがありますが、実際に格闘技をしたら、たぶん、
1人のプロボクサー世界チャンピオンでも、それなりに心得のある20人くらいに囲まれたら、勝てないです。

そういう意味で、現実世界では、文章の世界なんかでも、そうですが
質より量、という姿勢はとてつもなく重要になってきます。

同じ10年を費やすのでしたら、”質を追い求めるぞ!”、と意気込み、ゆっくりじっくり、
作品1つを作り上げるよりも、
毎日1つずつ作品を作り上げて、修練を重ねていくほうが、たぶん良い作品がたくさんできるんじゃないかと思うわけです。
毎日1つずつ作品を作っていると、もう最後の、10年目には、
毎日1つずつ作り上げる作品がすべて、すばらしい内容になっている、ということになるかもしれないです。
実際、このブログはそういう意図で書いています。
最初と比べても、なかなか上手くなっていない、と思われる方もいると思いますが、ご容赦ください^^

10年後、2028年のいまごろには、たぶん…

記事の中の、一言ひとことがまるで宝石のよう!
重要な一言があなたの心にダイビング、思わずスタンディングオベーション!
日本語のブログなのに全米が泣いた!

といった素敵な記事が毎日どんどん上がってくるはずです。。。たぶん
それまで、楽しみに待っていてくださいね!!

と、ぶち上げてみましたが・・・

アートの部分でも、この「量の蓄積」は有効だと思います。
これだけのこと絶対マネできない!という風景をみると思わず、人間ってなんらかの
感動を呼ぶものなんだと思います。

たとえば500羅漢って、一つ一つの石像はありきたりなのかもしれないですけど
500そろうと、そのうちのどれかに顔が似ていたりとか、たくさんの羅漢像に圧倒されたり
そういう意味合いも「500」の数には含まれていると思います。

また、籠細工も全体的に形を整えようとすると、それなりの技術が必要になりますが、
一つ一つの組み部分はそんなに、難易度が高いわけではないと思います。
そういう、凡庸ではあるけど細かい作業の集大成が、価値を生んでいるんだと思います。

アートではないですが千羽鶴も、その数に価値が出てくるんだと思います。
1,000個も鶴を折るなんて、この人は生半可な気持ちではないなってことがわかりますね。
(そのぶん、「重い」と感じてしまうケースもあるんですが (;´Д`))

ロゴやデザインなんかも、1つ2つつくって「どや!コレ良いでしょ?」っていう世界じゃなくて
100個200個つくってそこから比較してあれこれ迷って、そのなかから1つ選ぶ感じで、
実際にそのほうが、いいロゴやデザインになるわけですし。

プログラミングでも、個々の関数なんてしょぼい処理ばっかりですが、
それを大量に組み合わせて、毎日皆さんが使うソフトウェアができているわけですから。

皆さんも、もし大切にしている分野があるんでしたら、
極力、量を追い求める、という姿勢を貫いた方が上手くいくと思います。

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