先ほどの投稿で「メンター」さんについてお話をしました。
とくに初期の段階では、メンターさんなど行動の管理を行なう第三者の存在が重要になります。
その理由について話します。
一度、継続すると決めたことでも実行できない、
ものごとが継続できない、続かない原因の一つに「孤独感による迷い」があります。
経営者は基本的に、一人で毎日、成果を出すというプレッシャーに圧迫されながら
任務を遂行する、孤独な作業を必要とします。
わいわいと仲間と一緒に実行する、というのができれば良いのですが、
ビジネスの立ち上げって仲間とやるより一人でやったほうが、
利害関係や信頼問題もないですし、なにかとやりやすいんですよね。
とくにビジネスの成否として重要なのは立ち上げ時期の作り込みで、
これによってビジネス全体の品質が決まります。
たとえば友達と何か、”絵”を書こうとするとき、友達との間に上下関係がなかったら、
普通は最初に絵を描いた人のクオリティ(緻密さ)に合わせて、他の人も絵を描くことになります。
また、立ち上げ時期はスピード感が重要だったりします。
自分が思っているサービスを実行しようとするときに、
仲間の一人が「思っているものと違う」ということで反対して、
結局それが実行できなかったり。
とにかく最初の試行錯誤の部分は、何かと一人のほうがやりやすいんですよね。
ただし、一人であることのデメリットもあります。
そのうちの一つ、そして最も大きな要因が「孤独」です。
サラリーマンがイヤでビジネスを始めた当初は、
「孤独」がデメリット、とは私は思いませんでした。
しかし、今ならそれが実感できます。
孤独であると、困ったとき、弱くなったとき、迷います。
いったんそういう状態に陥ると、
それまでの「迷っていなかったとき」には考えられなかったような行動をしがちになります。
上手く言えないのですが、判断能力が鈍るというか、ダマされやすくなるというか、
大切なものとそうではないものの区別がつきにくくなってきます。
話しはそれますが、最近は「孤独」が社会問題になっているような気がします。
今では「孤独」が良いことだと私は、あまり思いません。
生物であれば誰しも、生きていれば必ず一度は、これ以上ないくらい困った状態に陥りますよね。
仲間がいれば助け合うことができます。
しかし、孤独だったら、自分でなんとか切り抜けられなかったら、そこでもう終わりです。
近年、「孤独」が美徳だとする動きがあると思います。
「極上の孤独」とか「孤独とは最高の贅沢である」とか。
もちろん、たまには一人で自由に動き回ることは良いことです。とても楽しい、自由を謳歌できます。
ですが、今後永久に、完全な孤独状態に陥ることは生命の危機だと考えています。
これらのフレーズは「孤独になってしまった人」に「そのままでいいんだよ」と希望を与えるだけの、麻薬のようなものに過ぎないと思います。
こういう「麻薬フレーズ」は、意外と世の中に蔓延しています。
完全に孤独になってしまった人がそのまま孤独で居続けても、結局「なにかあったら終わり」の状況は何も変わりません。
ホモサピエンスは仲間と協調しあうことで進化し、道具を持ち、文明を築くことができました。
ネアンデルタール人は、ホモサピエンスよりも体格も大きく、知能も優れていたそうですが
比較的コミュニケーションは希薄だったそうです。そんなネアンデルタール人も絶滅したと
されています(今日では絶滅していない、とする説もあるそうです)。
そういう諸説を含め、我々は進化の過程で仲間を求めるよう遺伝子に刻み込まれていると考えます。
孤独というのはその反対の状態ですから、その状態が続くと何らかの危険信号を発すると考えています。
最近の日本では「ムダに批判する人が多い」とか「コンビニとかでクレージーなお客さんが増えている」とか
そういう状況になっているのは「孤独」を感じる人間が多い点が原因じゃないかな、って思うことが度々あります。
そのお話はちょっと置いておいて。。。
だからこそ日頃からメンターへの報告や相談が重要になってくると思います。
もちろん、報告や相談ができるメンター、を探すことがなにより重要ですし、
そのメンターさんが信頼できるか、という点も重要になってきます。
メンター探しについてはまたお伝えしますが、
メンターさんを持つ、ということも重要な「仕組み」、「乗り物」の一つです。